大判例

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新潟地方裁判所 昭和43年(ワ)740号 判決 1970年6月10日

原告 株式会社本間政城商店

右代表者代表取締役 本間政城

右訴訟代理人弁護士 坂井熙一

被告 久保武雄

<ほか一名>

主文

一、被告らは原告に対し各自一、四五八、一八二円および内金一三八、一八二円につき昭和四〇年一一月三〇日以降、内金二〇〇、〇〇〇円につき同年一二月一二日以降、内金一、一二〇、〇〇〇円につき昭和四三年一一月一六日以降各完済迄各年六分の割合による金員を支払え。

一、訴訟費用は被告らの連帯負担とする。

一、この判決の第一項は、被告らに対しそれぞれ四〇〇、〇〇〇円の担保を供したとき、その被告に対して仮に執行できる。

事実

一、原告訴訟代理人は主文同旨の判決と無担保の仮執行宣言を求め次のとおり述べた。

(一)  原告は別紙のような記載のある約束手形(1)ないし(7)(手形金合計一、五二〇、〇〇〇円)を所持しており、右手形(以下本件手形という)はいずれも被告らが共同して振出したものである。

原告は本件手形のうち(1)と(2)は各満期に支払場所へ呈示した。

よって原告は被告らに対し各自本件手形金合計一、五二〇、〇〇〇円から(1)の手形内金六一、八一八円を控除(この理由は後記(三)のとおり)した残金一、四五八、一八二円および(1)の手形残金一三八、一八二円と(2)の手形金二〇〇、〇〇〇円については各満期日以降完済迄の手形法所定利息を、その余の手形金合計一、一二〇、〇〇〇円については本件訴状副本送達の翌日である昭和四三年一一月一六日以降完済迄の商事法定利率による遅延損害金を支払うよう求める。

(二)  被告久保の振出責任について

本件手形の振出人欄にはいずれも「株式会社中鰹新潟支店代表取締役久保武雄」なる記名押印と被告伊藤の署名押印がなされている。然し「株式会社中鰹新潟支店」なる法人は実在しないもので、右会社名は被告らが共同で営む海産物商の取引名称である。即ち、

(1)  被告久保は被告伊藤の長兄の妻の弟であり、また被告伊藤は被告久保が関与していた訴外丸内組(漁業および海産物加工業)と取引していたことから、被告両名は古くから交際があった。

(2)  昭和二七年五月頃被告らは「株式会社中鰹新潟支店」を設立し被告久保がその代表者となって海産物商を営むことにし、右設立迄はとりあえず被告らが「株式会社中鰹新潟支店代表取締役久保武雄」の名義を用いて取引を行なうことにし、その店舗に右会社名を表示した看板を掲げ、右会社代表取締役久保武雄名義の銀行取引口座を開設し、右名義の印判を作成して、右営業に関する手形・小切手を振出していた。

(3)  本件手形はいずれも右営業に関し被告久保が被告伊藤に委任して振出させたもので、原告は前記会社が実在するものと誤認してこれを取得したのであるから、前記会社が実在しない以上、被告久保は別名を用いた本人ないしは手形法八条の類推適用により振出人としての責任を負うべきである。

(4)  なお原告の右誤認について重大な過失があるという被告久保の主張は争う。≪中略≫

二、被告久保は請求棄却の判決を求め次のとおり述べた。

(一)  請求原因第一項は被告久保の振出を除きその余は認める。

(二)  本件手形の振出人欄は「株式会社中鰹新潟支店代表取締役久保武雄」の記名押印があることおよび右会社が実在しないことは認める。

被告久保は昭和二七年五月頃被告伊藤および大阪にある株式会社中鰹の常務取締役渡辺幸策と共同で海産物商を営む会社を設立しようとしたが、右会社は創立総会も開かれず不成立に終った。

右会社の設立前に被告らが右会社の名義で営業取引をしたことはなく、「株式会社中鰹新潟支店代表取締役久保武雄」なる名義の取引は被告久保の一切関知しないもので、これを原告が被告久保を代表者とする実在する会社の取引であると誤認したというなら、原告には重大な過失がある。

三、被告伊藤は請求棄却の判決を求め次のとおり述べた。

(一)  請求原因第一項はすべて認める。

≪以下事実省略≫

理由

一、請求原因事実は被告久保の振出に関する点を除きその余はすべて当事者間に争いがない。

二、よって以下被告久保の振出責任について検討する。

(一)  先ず本件手形の振出人欄に「株式会社中鰹新潟支店久保武雄」なる記名押印があることおよび右会社が実在しないことは当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫を綜合すれば、本件手形は次のような経過で被告伊藤が振出したものと認められる。即ち、

(1)  昭和二七年五月頃被告らは共同で海産物販売を目的とする会社を設立することにし、被告久保は右会社の代表者となることを承諾し、また右会社設立の計画には大阪の海産物業者である株式会社中鰹の常務であった渡辺幸策が参加していたことから右会社には「中鰹」の名称を用いることにして、設立手続前に「株式会社中鰹新潟支店代表取締役久保武雄」名義の取引口座を住友銀行新潟支店に開設し、右名義の印判を作成し、被告伊藤が以前から個人で営んでいた海産物商の店舗および設備を利用して営業取引を開始したこと、

(2)  右営業における仕入、販売、集金等の業務は被告伊藤が前記会社代表取締役久保武雄の名義を使用して行ない且つ前記銀行口座と印判を使用して手形・小切手を振出し取引の決済をしていたこと、

(3)  被告久保は右営業開始の当初は二、三日おきに右店舗へ赴いていたが、営業利益が上らぬことから次第に足が遠のき、昭和二八年七月頃中風で倒れた後は右営業に全く関与しなくなり予定していた会社の設立は実際に何らの手続をすることなく立ち消えとなったこと、

(4)  以後の営業は被告伊藤が単独で前記会社代表取締役久保武雄の名義を用いて継続し、右名義の前記銀行口座と印判により手形・小切手を振出し取引の決済をしていたのであるが、被告久保はこれを知りながら被告伊藤に対し右名義の使用を差止める措置をとらず放置していたこと、

(5)  本件手形は右のような経過で被告伊藤が前記名義を用いてなした取引につき前記銀行口座と印判を利用して作成し振出した約束手形の一部であること、

以上のとおり認めることができ(る。)≪証拠判断省略≫

(二)  次に≪証拠省略≫によれば、原告は前記会社名義によって営業をしていた被告伊藤と昭和三五年頃から保存食品の販売取引を始め右名義によって振出される手形・小切手を受領し、それが期日に決済されていたところから前記会社が実在しその代表取締役が被告久保であると誤認して取引を継続し、本件手形もそのような誤認のもとに取得したものと認められ、この認定に反する証拠はない。

(三)  ところで実在しない法人の代表者名義で手形を振出したものは手形法八条の類推適用により振出責任を負うべきであり、また他人に対し自己を代表者とする実在しない法人名義による営業または右名義による銀行口座の使用を許諾したものは商法二三条の類推適用ないしは禁反言の法理によって右法人を実在するものと重大な過失なくして誤認しこれと営業または手形取引関係に入った第三者に対し責任を負うべきであると解するのが相当である。

そして前記(一)、(二)の事実と右の理由によれば、被告久保は本件手形につき振出人としての責任を負うべきである(もっとも前記(一)の事実によれば被告久保は昭和二八年以降被告伊藤の前記名義使用を積極的に許諾していたわけではないがこれを知りながら異議や差止の措置をとらず放置していた以上、右使用を許諾していたものと同様に解すべきである)。

(四)  なお被告久保は原告の前記誤認につき原告には重大な過失があった旨主張しているが、右重過失の内容をなす具体的事実関係については何も述べておらず、また前記の事実よりみても原告には取引開始の当初において前記会社が実在するか否か、被告ら相互の関係はどういうものかを一々調査すべき注意義務があったとまでいうことはできないし、更に原告が一〇年間も前記会社が実在しないことに気づかず取引していたのはその取引が本件手形を除きすべて円滑に決済されていたからと認められるので、原告に重大な過失があったという被告久保の主張は採用できない。

三、次に被告伊藤の抗弁について検討する。

(一)  被告伊藤の前記会社名義による営業が不振となりその負債整理のため昭和四一年三月一九日に債権者会議が開かれたことおよび原告が被告伊藤主張の弁済を受領したことは当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によれば、右会議において被告伊藤主張の七・七パーセント配当と残債務免除の決議がされたことを認めることができる。

然し右債権者会議の決議なるものは、右決議に反対または不参加の債権者に対し何らの法的拘束力を有するものではなく、≪証拠省略≫によれば原告が右会議に出席しなかったことは明らかであるから、原告において事後に右決議を承認しない限り右決議の効力が原告に及ぶことはない。

この点につき証人大串と被告伊藤は、右七・七パーセントの配当は右決議に同調した債権者のみに行ない、また原告は異議なく右配当送金を受領したのだから右決議を承認したことになる旨供述しているが、被告伊藤の供述によっても残債務免除の話は前記会議において始めて出たものであり、また右会議における決議内容の通知書である前掲乙第五号証の一には七・七パーセント配当のみが記載され残余免除の点は明記されておらず、更に右の点について欠席債権者に一々これを伝達しその諒承を得た事実もないのであるから、右会議に欠席した原告が右配当送金を受領したことをもって前記決議内容のすべてを事後承認したとみることはできない。従って被告伊藤の免除の抗弁は理由がない。

四、以上のとおりであるから、被告らは原告に対し各自本件手形金(但し(1)については原告主張の残金)とこれに対する原告主張の附帯金を支払う義務がある。

よって原告の被告らに対する請求をすべて認容し、訴訟費用につき民訴法八九条、九三条、仮執行宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 井野場秀臣)

<以下省略>

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